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インタビュー・「印刷業が衰退産業だと思ったことは、一度もない」 株式会社ソウブン・ドットコム 木村崇義社長

 

印刷業界はいま、大きな転換期のただ中にある。
デジタル化の進展や市場環境の変化の中で、従来の枠組みにとらわれず、新たな価値を創出する企業・経営者たちが存在感を高めている。

本コーナー「この人に会いたい!」では、そうした“新たな時代の旗手”に焦点を当て、その視点や挑戦、そして未来への活路を探っていく。

これまで新聞紙面で掲載してきた記事を、あらためてWeb上で発信することで、より多くの読者にその息遣いを届けたい。

 

WEB再録 この人に会いたい!
「印刷業が衰退産業だと思ったことは、一度もない」
株式会社ソウブン・ドットコム 木村崇義社長

 

東京・荒川区の静かな住宅街に、創業87年の歴史を持つ印刷会社がある。株式会社ソウブン・ドットコム。文部科学省が認定する研究支援パートナーとして国内1690以上の学術団体と接点を有する、学会・協会運営支援の専門企業だ。

「印刷業界が厳しいと言われますが、私は衰退産業だと思ったことがないんです」
柔らかな口調で、しかし迷いなくそう語るのは、代表取締役・木村崇義氏である。その確信の背景には、印刷の本質を問い直す独自の考え方があった。

 

業界に問題はない、と言い切る理由

 

学術団体支援、ITサービス、DX推進などを展開する同社の事業内容だけを見ると、“脱印刷”の企業のようにも映る。だが木村氏は首を横に振る。

「今取り組んでいることはすべて、本業の延長です。印刷の追求なのです」
同氏の定義する印刷は、紙にインキをのせる行為にとどまらない。情報を社会に届け、文化として定着させる営み全体を指す。

その考え方を象徴するものが、応接室に並んだ、印刷と情報の歴史を物語る品々だ。
紀元前2000年頃のクレタ文明が生んだとされる「ファイストス円盤」。未解読の古代文字は活字のような型で打ち込まれていると考えられている。隣にはロゼッタストーン、さらに竹や木を編んで作った古代中国の書なども置かれている。

「これも印刷、あれも印刷。こうやって見ると、素材は必ずしも紙じゃないですよね」
人類は約4000年前から、さまざまな方法で情報を複製し、広めてきた。素材は何であれ、本質は同じだという。

「その視点に立てば、情報を生み、伝える文化は、人類が文明を持ち続ける限り終わらない。情報文化が衰退するわけがないし、だから印刷業が衰退産業だと思ったことは本当にないです」
紙の出荷量が減っても、印刷の役割が小さくなったとは考えない。

「印刷にはまだ伸びしろがあります。なくなる仕事だとは思っていません」
業界の将来を悲観する声が少なくない中で、この確信は異彩を放つ。しかしそれは楽観ではなく、長年の観察と分析の積み重ねから導いた結論だという。

 

16歳、印刷の本質に触れた日

 

転機は16歳のときだった。家業が印刷業でありながら、当時はその価値を十分に理解していなかった。ある日、先代社長である父親から、「牛乳パックやICタグも印刷会社が作っている」と聞かされる。牛乳パックはなんとなく想像できた。だがICタグは嘘だろうと疑い、自分で確かめようと文京区にあるTOPPAN印刷博物館を訪れた。

展示室で目にしたのは、人類の情報文化史そのものだった。書物、活版、パッケージ、証券、ポスター。印刷は常に社会の基盤を支えてきた。

「印刷は“本を作る仕事”ではなかった。情報産業そのものだったのです」

その瞬間、視界が開けたという。印刷は古くから人類の発展に貢献してきた情報文化の中心的な存在だと理解した。以来、氏は印刷の歴史と構造を徹底的に学び始める。

展示会に足を運び、業界紙を読み込んだ。全印工連(全日本印刷工業組合連合会)の会長講演も高校時代から欠かさず聞きに行った。当時の会長が繰り返していたのは「業態変革」と「情報加工産業」という言葉だった。

「印刷業界はこんなにやれることがある、というのを聴講席で聞いていて、この業界はすごいなと思いました」

木村氏はその感覚を「全印工連に毒されている」と笑うが、その毒は彼の経営の根幹を成している。

 

付加価値とは「相手にとって嬉しいこと」

 

高付加価値化が叫ばれて久しい。だがその中身は曖昧なままだ。箔押しや特殊加工を付ければ付加価値なのか。木村氏は即座に否定する。

「付加価値とは、相手にとって嬉しいこと。相手が本当に困っていること、欲しいと思っていることを満たす。それが付加価値の本質です」

同社が主に支援するのは、中小規模の学術団体だ。限られた予算と人手の中で運営されている団体は多い。大手企業が手を出しにくい領域でもある。

なぜそこに目を向けるのか。木村氏の答えはシンプルだ。

「日本の学術団体の90%以上が中小規模です。その90%の基礎研究を誰かが支えないと、医学系の大きな学会しか残らない国になってしまう。それでは日本が豊かになるはずがない」
大会運営、会員管理、広報、Web整備。煩雑な業務を整理し、効率化し、参加者との接点を強化する。派手さはないが、確実に“嬉しい”を積み上げる。

「うちのビジネスモデルの本質は、ソーシャルイノベーションです。情報技術で社会課題を解決する、そこに大きな付加価値が生まれます」

 

製造か、課題解決か。未来への視座

 

では印刷業界は、これからどこへ向かうべきか。木村氏は二つの道を示す。
一つは、製造を極める道。高度な技術力で他社の追随を許さない存在になること。もう一つは、顧客の課題を包括的に解決する道だ。

「どちらが正しいという話ではありません。ただ、情報文化の担い手であるという自覚を持てるかどうかが分かれ目です」

「印刷業界に問題はない」と同氏は穏やかな口調で、しかし明確に言い切る。

「印刷業が情報加工業だとすれば、加工すべき情報量は今、爆発的に伸びている。マーケットは拡大しています。地域の課題解決企業として考えれば、今の日本は問題だらけで、それが全部ビジネスチャンスになる。売上が伸びる要素しかない業界です」

その言葉に過剰な装飾はない。静かな確信がにじむだけだ。

 

まるごと、信じ切る力

 

インタビューの最後に、木村氏はもう一度、静かに言った。

「私は印刷業が本当に好きなんです。4000年前にもあった産業ですから、これからも続きます。その情報文化の担い手でいることを忘れなければ、衰退なんてしない」

印刷を信じ切ること。それは単なる楽観ではなく、歴史と構造を理解した上での選択だ。分析を重ね、検証を続け、それでもなお未来を肯定する。

「私が話していることは、すべて説明できます。感覚や思いつきではありません。努力すれば再現できることです」

強い主張を持ちながらも、語り口は穏やかだ。特異に見えるかもしれない。しかしその根底にあるのは、業界への深い敬意と責任感だ。

この業界はまだ前に進める。そう思わせる静かな存在感が、木村崇義という人の魅力である。

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