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印刷タイムス主催セミナーをHOPE2026で開催・「印刷は斜陽産業じゃない」

印刷タイムス株式会社は「HOPE2026」の会期中(9月2日)、印刷産業の新たな可能性を探るパネルディスカッションを主催した。パネラーとして登壇したのは、田中紙工株式会社の田中大貴専務、株式会社ペーパークラフトイトウの伊藤大介社長、シンクイノベーション株式会社の三輪直之社長。株式会社ソウブン・ドットコムの木村崇義社長がファシリテーターを務めた。
印刷需要の減少や人手不足など、厳しい事業環境が語られる一方で、独自の技術や発想を生かし、新たな市場を切り拓いている企業がある。3社は何を強みと捉え、どのように顧客価値を生み出し、社員を巻き込みながら事業を成長させているのか。約1時間にわたる議論から浮かび上がったのは、「印刷は斜陽産業ではない」という力強いメッセージだった。本稿では、当日のパネルディスカッションを基に、印刷産業を成長産業へ変えるための視点と実践を紹介する。

 

挑戦する3社から見えた印刷業界の未来

「印刷業界は厳しい」「紙の需要は減り続けている」。業界では、こうした言葉が日常的に交わされている。
確かに、従来型の印刷需要は減少し、原材料費や人件費、物流費は上昇している。人手不足や後継者問題も深刻だ。しかし、市場全体が縮小していることと、すべての印刷会社が縮小しなければならないことは同じではない。
印刷・製本・後加工を基盤に、新たな需要を生み出している田中紙工、ペーパークラフトイトウ、シンクイノベーション。3社に共通するのは、紙の使用量ではなく、「顧客が求める価値」に目を向けていることだ。

 

難しい仕事から生まれた「カード加工」という強み

1962年創業の田中紙工は、紙の断裁を専門とする「断ち屋」として出発した。時代の変化とともに主力商材をチラシからトレーディングカード、トランプ、カルタへ移し、現在は高い寸法精度を求められるカード加工を強みとしている。
同社の技術は、顧客から持ち込まれた難しい案件に、あきらめずに向き合った結果として蓄積された。カードを正確に仕上げるには、機械だけでなく、紙の癖や温湿度、刃物、作業順序までを理解した職人の知見が欠かせない。要求を「できない」で終わらせず、精度を高め続けたことが、「カード加工なら田中紙工」という評価につながった。
さらに、1セットからオリジナルのトランプやカルタを作れるオンデマンドサービスを展開。スマートフォンの写真を配置するだけで注文できる仕組みを整え、一般消費者にも市場を広げた。高度な技術を、専門知識のない人でも利用できるサービスへ“翻訳”することで、新たな需要を生み出している。
3代目候補の田中大貴専務は、サイバーセキュリティ分野で9年間働いた後、2024年に家業へ戻った。現場の技能を尊重しながら、外部で得た経験を注文方法や情報管理、技能継承の改善につなげている。後継者が持ち込む異質な視点も、事業承継後の成長を支える資産となる。

 

「紙を売る」のではなく、人の感情を動かす

株式会社ペーパークラフトイトウが掲げるのは、「リアルメディア」という考え方だ。
デジタルメディアが大量の情報を速く届けられる時代だからこそ、紙には、質感や厚み、光沢、形状、開封体験など、現物にしか生み出せない役割がある。
伊藤大介社長が重視するのが「Direct Emotion」という発想である。思わず目が止まる、触ってみたくなる、誰かに見せたくなる。その一瞬の感情の動きが、記憶や購買、問い合わせといった次の行動につながる。
この考え方から逆算すれば、印刷物は単価を削られる消費材ではなく、顧客の成果を生み出す投資メディアになる。何部刷るか、どの用紙を使うかより先に、「誰に何を感じてもらい、どう動いてほしいか」を考えるのである。
同社では、印刷・加工の内製化に加え、「宣伝部」を設置。自社の技術や事例を発信し、顧客に「この会社なら課題を解決できそうだ」と見つけてもらう役割を担う。
下請けからの脱却とは、元請けと直接取引することだけではない。顧客の目的を理解し、効果の高い方法を提案し、完成後の反応まで確かめる。製造責任から一歩進み、顧客の成果に責任を持つことが、価格だけでは比較されない会社をつくる。

 

ひとつの事業で得た「点」を、次の事業へつなぐ

2014年設立のシンクイノベーション株式会社は、スマートフォンケースのEC販売からスタートした。その後、受注生産、BtoB・OEM、キャラクターライセンスを活用したMD事業、イベント、機械販売、自動化へ領域を広げ、約12年で従業員約100人規模へ成長した。
三輪直之社長は、その背景について「新規事業が得意なのではなく、実行のスピードが圧倒的に速い」と説明する。
ECで商品を販売すれば製造が必要になり、製造を始めればOEMの依頼が入る。キャラクター商品を扱えばIPの取得やイベント運営へ、製造量が増えれば自動化や機械販売へと可能性が広がる。
ひとつの事業で得た顧客、設備、ノウハウ、権利という「点」を、次の点につなげて「線」にする。その線が新たな事業へ成長していく。
IP、イベント、商品企画、製造、ECを一体化すれば、コンテンツの権利取得から販売までを継続的に担える。単発の受注ではなく、一定期間の契約や共同事業として仕事を組み立てられる。「仕事を取りに行く」だけでなく、仕事が生まれ続ける構造をつくることが成長を支えている。

 

壮大な計画より、実行と検証の速さ

市場の変化が速い時代には、準備に時間をかけすぎることで機会を失うことがある。
シンクイノベーションでは、新しい取り組みを最初から大人数で始めない。
まず小さなプロジェクトとして立ち上げ、手応えが見えた段階で人と予算を追加する。必要なのは、最初から正解を持つことではなく、実行と検証を繰り返しながら正解へ近づく速さだ。
新規事業は、すべてが成功するわけではない。だからこそ、投資額、検証期間、撤退条件を定め、小さな実験として管理する。売れなかった理由や問い合わせのあった顧客層、製造時間などを記録すれば、不採算に終わっても次の判断材料になる。失敗をなくすのではなく、何も残らない失敗を減らし、学びの残る失敗を増やすのである。

 

経営者の個人技から、チームで数字をつくる会社へ

経営者が自ら営業し、大きな売上をつくることはできる。しかし、その状態では社長が止まれば事業も止まる。
挑戦を継続的な事業へ変えるためには、責任者が採用やチーム編成、日々の判断を行い、数字に責任を持つ仕組みが必要だ。
シンクイノベーションでは、事業責任者に大きな権限を渡し、月に1回、各事業のリーダーが数字、進捗、課題、今後の方針を報告している。社長は細部を指示するのではなく、会社の方向から大きく外れていないかを確認する。
最初は小さな範囲から任せ、数字と品質の基準を共有し、定期的に検証する。権限だけ、責任だけではなく、その両方を渡すことが、自ら判断できる人材を育てる。

 

挑戦する姿が、人材を引き付ける

「新たな取り組みに社員が抵抗を感じることもある」と三輪社長は語る。長年続けてきた仕事の進め方を変えたくない、失敗して評価を下げたくないという気持ちは自然なものだ。
田中専務は、経営者がまず楽しそうに挑戦し、小さな成果を積み上げることの大切さを指摘した。
理念を説明するだけでなく、その活動が顧客に喜ばれ、売上や利益につながり、仕事が面白くなる姿を見せる必要がある。
挑戦する会社の姿は、採用にも力を発揮する。若い人は給与や休日だけでなく、自分が成長できるか、意見を出せるか、社会にどんな価値を生み出しているかも見ている。社員が新しい商品やサービスを提案し、試すことのできる会社には、採用時に語れる物語があると示した。
技能継承も、ベテランの背中を見て覚える方法だけでは間に合わない。作業動画、品質データ、失敗事例などを蓄積し、AIを検索や教育に活用すれば、暗黙知を会社全体の資産へ変えられる。そこへ若手が改善を加えることで、伝統技術は更新され続ける競争力になる。

 

「何を刷る会社か」から「何を実現する会社か」へ

今回のディスカッションから、印刷産業を成長産業へ変える五つの視点が浮かび上がった。
第一は、印刷物ではなく顧客の成果を売ること。顧客が求めているのは、紙や色、部数ではなく、来場者、問い合わせ、購買、理解、信頼といった成果である。
第二は、祖業の強みを前後工程へ広げること。設備、技術、顧客、データ、信用を棚卸しし、その周辺にある顧客の不便を探す。
第三は、小さく始め、速く検証すること。設備投資を先行させず、まず売れる仕組みがあるかを確かめる。
第四は、社員に権限と責任を渡し、社長一人が売上をつくる会社から、チームが数字をつくる会社へ移行すること。
第五は、「業界が厳しい」という言葉を自社が動かない理由にしないことである。
紙の総需要が減っていることは事実だ。しかし、カード、グッズ、パッケージ、教育、体験型販促、IP、イベント、海外など、伸びている市場は存在する。「印刷市場」という大きな数字だけで、自社の可能性を決めるべきではない。
木村社長が示した最大の危機感は、業界全体の縮小以上に、挑戦する会社と「厳しい」と言い続ける会社との格差が急速に広がっていることだった。
印刷の役割は、情報を紙に載せることだけではない。人の注意を引き、理解を助け、感情を動かし、行動を促し、企業や地域の価値を社会へ届けることにある。
そのために、紙、加工、デジタル、データ、AI、EC、イベントを組み合わせれば良い。
印刷会社が「何を刷る会社か」ではなく、「顧客のために何を実現する会社か」を語れるようになった時、印刷産業は「斜陽産業」という枠から抜け出す。
市場環境だけが会社の未来を決めるのではない。経営者が何を見て、どう行動するかによって未来は変わる。
印刷は斜陽産業ではない。
「紙を売る産業」から「価値を動かす産業」へ。視点を変え、顧客価値を見つけ、行動した会社から、印刷産業を成長産業へ変える動きが始まっている。

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