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スズセイ印刷・鈴木社長の念願が叶い、自著をバウアー社長へ贈呈

スズセイ印刷株式会社(静岡県浜松市)の鈴木孝次朗社長は、自らの仕事と会社の歩みをまとめた冊子「わたしの仕事場」を、ハイデルベルグ・ジャパン株式会社のヨルグ・バウアー社長に手渡した。
2025年に冊子を発刊して以来、鈴木社長が願い続けてきた対面が実現したもの。今年、創業100周年を迎えたハイデルベルグ・ジャパンにとっても、浜松の地で長年使い継がれてきた同社製の活版印刷機を前に、自社の歴史と機械づくりの歩みを振り返る機会となった。
今回の対面は、冊子の制作を支えた村上製本の村上亜沙美さんの思いから動き始めた。村上さんが「何とかバウアー社長の手元に鈴木社長の冊子を届けられないだろうか」と、株式会社ペーパークラフトイトウの伊藤大介社長に相談。伊藤社長が両者の橋渡しを行い、鈴木社長の念願が叶うこととなった。
冊子「わたしの仕事場」は、画家のマメイケダ氏が描いたスズセイ印刷の工場や鈴木社長の作業風景に、鈴木社長自身が文章を添えたもの。印刷、製本、活字、機械、道具、建物などにまつわる記憶が、日本語と英語で収められている。
冊子制作のきっかけは、村上製本がスズセイ印刷で行った製本ワークショップだった。その際、マメイケダ氏が工場や作業の様子をスケッチ。鈴木社長は、仕事場の動きが説明を要しないほど正確に描かれていることに驚き、絵を眺めるうちに次々とよみがえった記憶を書き加えた。
村上さんは、鈴木社長の歩みがそのまま印刷の歴史に重なると考え、冊子づくりを後押しした。英国で製本を学んだ経験を生かし、180度開いて読みやすい構造を採用。和紙で背を補強し、開きやすさと強度を両立させた。英訳を併記したのも、ハイデルベルグの関係者に読んでもらいたいとの思いからだった。

冊子の中心的な存在として登場するのが、スズセイ印刷で約60年にわたって働き続けるハイデルベルグ製の活版印刷機である。鈴木社長が25歳の時に出会い、以来、仕事をともにしてきた大切な“相棒”だ。
鈴木社長は、解体した印刷機から取り外した部品やボルト、ナットなどを保管し、自ら修理や保守を重ねてきた。現在も小ロットの印刷をはじめ、型抜きやエンボス加工などに活用され、現役の生産設備として動き続けている。
贈呈当日、鈴木社長はバウアー社長を工場内へ案内し、活版印刷機を実際に動かしてみせた。バウアー社長も、長年使われながら丁寧に保守されてきた機械に見入り、印刷機を介して二人の会話が弾んだ。
仕事場には、ほかにも90年以上前から受け継がれてきた製本道具や、かつて活字文選場として使われ、現在はコンピュータールームとなった部屋など、印刷技術の変遷を物語るものが数多く残されている。
同社は1956年から2007年まで約50年間、浜松市営オートレース場の出走表を印刷した。夕方に原稿を受け取り、活字を組み、夜を徹して印刷し、翌朝にはレース場へ届ける。その仕事を、鈴木社長は「まさに戦いの場であった」と振り返る。
冊子を開いたバウアー社長は、実際に工場を見学してから読むことでスケッチの印象が一段と深まるとし、物語の描き方やスケッチ、本のつくりを称賛した。
一人の印刷人が使い続けてきた機械と、その仕事の記憶を残した一冊の本。村上さんと伊藤社長がつないだ思いは、ハイデルベルグ・ジャパンの創業100周年という節目の年に、国と世代を超えた新たな縁を結んだ。
鈴木社長と活版印刷機が歩んだ約60年の歳月、冊子に込められた思い、贈呈当日の詳しい模様は、9月30日発行の「印刷タイムス」で紹介する。

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